2012年11月30日

私小説の極北・・・

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 今日は、私小説の極北といわれた嘉村礒多が亡くなった日だ。

明治30年12月15日、山口吉敷郡仁保村に生まれ、昭和8年結核性腹膜炎によってわずか36歳で亡くなった。

誕生日が愚生と同じ、生まれた処も近い。

愚生は郷土ナショナリズムに犯されているので、同郷の種田山頭火、中原中也と並んで、若かりし頃にその「極北の私小説」という惹句に誘われて、「崖の下」「業苦」などを読んだはずだが、山頭火や中也とちがって、きれいさっぱりすべてを忘れてしまった。一行たりとも覚えていない。

ようするに、愚生の頭では、理解不能な小説だったのだろう。

彼は、都会で死にたくは無い、異郷の地で骨を埋めたくないと言ったらしいが、愚生は、故郷は遠きにありて思うもの・・・という意気ばかりで、長い間、故郷の地を踏んでいない。

帰郷するのは、せめて葬儀の時くらいというお粗末さ。およそ、石もて追われるに等しいなりゆきと思い込んでみるのだ。

どうやら、今は、礒多の実家は保存されて、観光資源になっているらしい。

愚生のこどもの頃には、田舎では、噂にも、山頭火も中也もましてや、駆け落ちに神経症があったといわれた礒多は評判が悪かったのだ。

愚生も死ぬ前に一度、郷土の画家、香月泰男記念館にだけは行きたいと考えているので、そのついでに、礒多も山頭火の足跡も訪ねてみたいと思っている。果たしてうまく実現するであろうか。

御前崎燈台(読者より)↓

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今日の編集部、新しい女性スタッフ(S・Kさん)を迎えて、1月号の第3コーナーに入りつつある。

この時間午後9時半に、まだ、全員居る。

 

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