2012年12月のブログ記事

2012年12月28日

良いお年をお迎え下さい・・・・

img121228

 弊社は明日から、1月3日まで、休ませていただきます。

皆さま、本年は大変お世話になりました。

良いお年をお迎え下さい。

来年は巳年、巳年生まれの御仁は、自然にお金が集まるとか・・・

ご多幸をお祈りします。

来年もよろしくお願い致します。

    変えられぬ人生のあり幹に蛇     内野 修

 

楠.jpg                 

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2012年12月27日

和辻哲郎の忌・・・

枯れ芭蕉vol.1

枯れ芭蕉↑

本日は、「古寺巡礼」や「風土」の和辻哲郎が亡くなった日だ。

1889年~1960年、享年71。

「古寺巡礼」に以下の記述がある。

 湯を享楽するのは東洋の風だと言われている。東洋でも熱い国では水に浴するがこれは同じ意味のものと認めてさしつかえない。西洋にももちろんこの風がないわけではないが、それはトルコ風呂の類で、東洋の風を輸入したものであろう。温泉なども、西洋のはおもに温泉を呑むのであって、日本のように浴して楽しむのではないらしい。シナの古い文芸では、浴泉の享楽が酒や女の享楽と結びつき、すこぶる感覚的に歌われているが、西洋にこんな文芸はあるかどうか。もっともローマでは入浴が盛んだった。私宅の浴室も公衆の浴場も、純粋に享楽のために造られたもので、特に公衆浴場はぜいたくの限りがつくしてあったらしい。大きい円天井の建物の中に、大理石を盛んに使って、冷水の池もあれば温湯の浴槽もある。脱衣室もあれば化粧室もある。すべてが美しい柱や彫刻や壁画で飾られている。そのなかで人々は泳いだり、温浴したり、蒸し風呂を取ったり、雑談にふけったり、その他いろいろの娯楽をやる。――しかしローマ人は出藍のほまれがあったというだけで、もともとこの風俗をギリシア人から学んだのである。ところがそのギリシア人も、家の中で風呂にはいるなどということは、東洋人から教わったのであった。しかも初めは戦争や運動のあとで、体の疲れを回復するために使ったに過ぎなかった。

 

ゆうるりと温泉・・などは極楽、極楽だろうなあ・・

 年の内無用の用のなくなりぬ      星野麥丘人

ともあれ、明日は仕事納めである・・・・。

しかし、最終の印刷所入稿前で今日の編集部は、年賀状など、全く書けていない。

枯れ芭蕉vol.2

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2012年12月26日

2月号入稿・&『層雲の道』・・・

ハゼの実と小鳥vol.1

ハゼの実と小鳥↑

 今日は、本誌2月号の印刷所入稿日。大詰めを迎えつつあるというところ。

年末年始の休日のしわ寄せ日程なのだ。

愚生は、残すところ編集後記を書くこと。

何を書けばいいのか、まったく思い浮かばない。嗚呼・・・

層雲の道vol.1

 閑話休題・・・

昼休みに馬場口から早稲田方面に坂を下りきったあたりの古本屋の店頭で陽にやけた50円均一本があった。

その中に、『「層雲の道」荻原井泉水述』なる薄っぺらな本があったので、躊躇なく買った。

発行は昭和48年2月、150円、層雲社刊である。

層雲叢書とあって、「層雲の道―大正、昭和(初期)の人々―」。

取り上げられている作家は野村朱鱗洞、尾崎放哉、大橋裸木、種田山頭火の4名。

その序説に以下の部分がある。

   「俳句」の道にあっては「作品」と「人間」ということは離して考えられない。そこに「一行詩」とは  

 おのずから違うところの「俳句」というものがある。(中略)

  大正七年(一九一八)から昭和十五年(一九四〇)まで、、約二十二年間―此の間は層雲の道として 

 も、初期の興隆期と開花期とに当っている。

 そうなのである。今年、本誌では大正100年企画で、知られざる大正期の俳人特集を三回やったが、そのおりに読んだ句集や俳壇的な時代の様相は、少なくとも大正期に限っては、文字通り自由律俳句の時代だった、という印象だった。

 かの「ホトトギス」の大正黄金俳句と喧伝されている石鼎、普羅、蛇笏、鬼城の時代というのは、正確にいえば、もう少し後のことであり、むしろ、大正時代は碧梧桐の新傾向俳句から、自由律俳句へ雪崩れをうっているのだった。

知らない内にホントの俳句史は書きかえられているのか、教科書的に、そう信じ込んでいるふしがある。

 それは、大正元年に虚子が俳檀復帰して、いまだ俳壇を領導するには、日が浅く、しばらく時間がかかったということだったのではなかろうか。高野素十がホトトギス巻頭を得るのも大正15年・昭和元年のことだ。

 それにしても、その後の自由律俳句の衰退は、山頭火、戦後の住宅顕信などごくわずかの俳人を残すのみで、潰えた感じが否めないのは、なんとも残念なことではなかろうか。

少なくとも、ここに自由律俳句がある!ともっと明らかににしてもらいたいのは愚生ばかりではないと思うのだが・・

   かゞやきのきわみ白浪のうちかえし         朱鱗洞

   せきをしてもひとり                     放哉

   陽(ひ)へ病む                        裸木

   おちついて死ねそうな草枯るる            山頭火

井泉水は言う。

   山頭火の句は、甚だむぞうさ(傍点あり)で口をついて出た言葉そのまま(傍点あり)のように見える

 けれども、実は決してそうではなく、一つの俳句作品として完成している。このことを私たちは「一句

 一律」と称する。一句は一句違うごとにその句としての律(リズム)をもつということ。それゆえにこそ、

 彼は自由律の俳句作家なのである。

そう、一句ごとにフォルムが違うのだ。これほど困難な道もなかろう。

多くの俳句作家が五・七・五の鋳型に言葉を流し込んで、自動記述に近いパフォーマンスをしているのとは違うのだ。

キク↓

菊.jpg

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2012年12月20日

1月号出来・・・・

俳句界1月号

 本誌一月号(12月25日発売予定)が出来てきた。

特集は「美しい日本語」。インタビューは柳田邦男。来年5月の宮坂静生主宰「岳」35周年記念の記念講演も予告されている。

第二特集は「意外な!俳人交遊録」で赤尾兜子と司馬遼太郎、波郷と大友柳太郎、秋櫻子と貞明皇后など。

特別作品は鷹羽狩行。俳句界NOWは金子兜太・稲畑汀子など新年号に相応しい豪華メンバーである。

佐高信の甘口でコンニチハ!のゲストは関口宏。

魅惑の俳人は、田中裕明。などなど、店頭にて一度ご覧いただきたい。

忘年会2012、三東さん、おめでた

 遅ればせながら、一昨日の今日の編集部は、忘年会兼新入社員歓迎とスタッフ三東の産休入りをお祝いして・・・の会。新入スタッフは上の写真・左から三番めのVサインの女性。

よろしくお願いします。

忘年会と百合2012

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2012年12月18日

写真家・林忠彦の忌・・・

トヨタ&夕焼け富士vol.1

 今日は、写真家・林忠彦が亡くなった日だ。

 平成2年に亡くなった。

 もうすぐ発売の本誌1月号(12月25日発売予定)は四男・林義勝氏の「文字のないエッセイ―出雲ー」だ。

 乞うご期待!

 愚生らに馴染みの林忠彦の写真といえば、まっさきに銀座のバー「ルパン」での太宰治の止まり木の写真であろう。ほかに坂口安吾や三島由紀夫、織田作之助、俳人では石塚友二のもの。愚生と同じ山口県出身というのも、あまり関係が無いかもしれないが、、郷土ナショナリズムの縁というもの。贔屓したくなる。

トヨタ&夕焼け富士vol.2

 ところで、今日の編集部は忘年会である。

トヨタ&夕焼け富士vol.3

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2012年12月14日

義士祭そして演奏会・・・

古楽コンサートvol.1

 今日は義士祭、赤穂四十七士が吉良邸に討ち入った日。

義士のなかに俳人がいた。宝井其角との逸話が残っている。名は大高源吾といい、俳号は子葉。

討入り前夜、煤払い竹売りにに変装し、吉良邸をうかがっていた源吾が、橋のたもとで其角に出会い、あまりのみすぼらしい姿に其角は「年の瀬や水の流れと人の身は」と詠み、挨拶を返した源吾は「あした待たるる宝船」と詠んだという。

討入りし、切腹となる源吾こと子葉の辞世は、

     梅でのむ茶屋もあるべし死出の山     子葉

確か20年ほど前に赤穂義士の俳人たちについて書かれた本に、復本一郎著『俳句忠臣蔵』があった。

古楽コンサートvol.2

閑話休題・・

昨夜は、どうしても止む得ない理由で行けなくなったからと、K・A大兄から、演奏会、といっても愚生にはとても縁の無い趣味なのだが、チケットをお贈りいただいて、至福の時間をすごすことができた(深謝)。

「ジャン=ギアン・ケラスWithベルリン古楽アカデミー」の演奏会で、三鷹市芸術文化センター・風ホールに仕事を定時に上がって、何とか開演に間に合った。

この場所は、二度目だ。かなり以前、本誌編集長だった清水哲男氏の娘さんがコンサート(確かピアノだったような・・・)をされて、恥ずかしげに、「親バカです」と・・・招待されたのだ。

愚生は詳しくないので、案内チラシによると、「世界有数のバロックオーケストラの一つと目されるベルリン古楽アカデミー、創立30周年の日本ツアーで、当代きっての人気チェリスト、ジャン=ギアン・ケラスとの共演」である。

演奏はビヴァルディのチェロ協奏曲をメインに据えたもので、ビヴァルディと同じヴェネツィア出身のカルダーラとドイツバロックを代表するバッハ、テレマンの作品。

楽しくも、有意義な時間を過ごさせていただいた(生はイイです)。

ベルリン古楽アカデミーのコンサートマスターのゲオルグ・カールヴァイトは今回の来日で、以前の日本の子ども達との交流に触れながら「私は福島の原子炉を取り巻く恐ろしいニュースに心を痛め思案に暮れていました。それだけに私を惹きつけて止まない国、日本での公演についてお知らせできることにこの上ない喜びを感じております」とメッセージを届けていた。

「一糸乱れぬ精緻なアンサンブルと切れ味鋭いダイナミックなサウンドで日本の聴衆を魅了している」とは、惹句だが、まさにその通りの演奏だった。

心洗われて、帰路の凩さえ心地よく感じられた。

サインをする左がジャン=ギアン・ケラス氏、右がゲオルグ・カールバイト氏↓

古楽コンサートvol.3

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2012年12月13日

さてさて・・・

さてさて...

 今日の編集部は、昨日、来年1月号(12月25日発売)の校了であったにも関わらず、ホットしたのもつかの間、年末年始進行で2月号は、相当に厳しい日程になっているので、全く休めない。

しかも2月号には別冊付録「俳句ダイアリー、春」が付く、また3月号は200号記念の俳人名鑑(仮題)などなど・・。

編集長は和歌山まで鳥井保和氏のグラビア撮影に出かけ、スタッフ松本は甘口でコンニチハ!のまとめで自宅作業に・・。

愚生はといえば、2月号の一茶特集のための金子兜太氏インタビューをまとめている。

     梅干と皺くらべせんはつ時雨     一茶

ともあれ、師走も半ばにさしかかって、巖谷大四は次のように呟いている。

  「師走」という名のように、何とはなしに町があわただしくなってくる。また一つ歳をとるのだという  

 実感も切実になる。子供のころは歳をとるのがうれしかったものだが、老年になると年をとるのは何  

 かつらい。

茅の輪ツリー山茶花vol.1

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2012年12月12日

泉とし子句集『フーコー振り子』・・・

句集『フーコー振り子』

   博物館のフーコー振り子秋の声    とし子

 句集名は上記の句からで、「あとがき」によると、上野の国立博物館にある約50キログラムの球の振り子のこと。ここは著者の泉とし子氏が「私の好きな楽しみの場所の一つ。多くの未知の世界があり、貧しい心がなごみ、私をリセットしてくれる場所」だという。フランスの物理学者レオン・フーコーの振り子は、その実験で、初めて地球の自転を証明したのだそうである。

 この句の魅力は星野恒彦氏の懇切な序文にもあるように、「H音の繰り返しが、秋風を呼び寄せ、そこに立つ人間存在のはかなさを感じさせられもする」という読みに代表されるだろう。

 それは、一句のリズムや、調べを創りだすのに、多く五七五の頭韻を奏でるところから来ているように思われる。恣意的に上げてみてるが、例えば、

    天の川砂漠に溢れんばかりなり

    はなびらの間をひろげてや梅の花 

    たかむらの一隅ひかる春の水

    浮氷をざぶんとかぶる浮氷

    円やかな入口のある枯葎 

などの句のA音の繰り返し。また、KO音とA音の相乗の句、

    凩やコーヒーの香の寒山寺

あるいは、

   山の湯の石あたたかき二日かな

A音、I音、U音など、句作りの態様において、音韻が次の言葉を呼んで来る、つまり、言葉が言葉を呼ぶ(生む)という詩歌としてはもっとも大切な方法を獲得されているようにさえ思える。それは花鳥諷詠と言われようと、客観写生と言われようと、かつて愚生が阿波野青畝から聞いた、「俳句で一番大事なものは?」という問いに、「それは言葉です」と明確に答えられたことと軌を一にしていると思われる。 

  このほか、多くの海外詠が収録されているが、こちらは眼前の景を大事にするあまり、言葉自身が自由にもたらされてるわけではなさそうだ。写生的なのだ。

      マチュピチュ

   秋の蜂空中都市の水汲み場

   インカの風空中都市の蘭の花

ともあれ、集中、心動かされた句の第一は、「悼 川崎展宏先生」の前書のある句、

   しぐるゝや句碑に心の文字大き

であり、「しぐるゝや」にははるかに芭蕉をも同時に思い起させる。

最後に愚生の好みの句をいくつかあげておこう。

   おのづからもつるるほのほ春焚火

   ゴトビキ岩の火種鑽(き)る山春祭り

   海のかぜ海ひかりやつるし雛

   ちりちりとはじめの白やさるすべり

   すずらんの日に日に鈴となりゆけり

   スカイツリー御神輿の鈴鳴つてゐる

   出番待つ足は踊つてをりしかな

   黒百合や岩間を水のほとばしり

さざんか↓

さざんか

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2012年12月10日

鮫島いづみ句集『朧』・・・

句集『朧』

 句集名は、

     花はないちもんめみないなくなり朧     いづみ

の句からであろうが、次の「おぼろ」の句も捨てがたい。

    地に拠らで何にか倚らむ花おぼろ

著者「あとがき」によると、「石原八束先生より俳句の精神(スピリッツ)を、次いで文挟芙佐恵先生より俳句の雅な美しさとエスプリを、そして現在、佐怒賀正美主宰より、八束俳句の内観造型の追究と独創性を学んでいる」とある。八束雪嶺をはるかに望んでいるのである。かくも幸せな句業もない。

佐怒賀正美主宰は、「秋」の最近の巻頭句、

    死神より燦めく露の玉を賜ぶ

の評をして、「夢かうつつか。死神から美しい露の玉をいただいた。てのひらに載せても崩れない。(中略)蛇笏の名作〈死病得て爪美しき火桶かな〉の浪漫的な『爪』の美とは異なる、夢幻の戦慄的な一刹那の美。命のみならずも心も揺さぶるとは、死神も隅におけないものだ」と賛辞を惜しまない。

佐怒賀主宰はまた、著者の俳句創作のスタートは70歳、句歴17年、俳句への表現意欲は並々ならないものがある。かつ、好奇心も大変に幅が広いとも記しておられる。

句集の句群を読めばそのことはわかる。実年令よりもはるかに若い芸術年齢を思わせる。

    仮幻解く鍵を落せり天の河

の帯に配された句の「仮幻」の一語に限りなく惹きつけられた。しかし、うまく読めないので、「仮幻」は仏教用語なのかと思ったりしたが、「解く鍵」といい、小生の偏見かも知れないが、思い切って石原八束句集『仮幻』に因むものではないだろうかと思った。

    わが詩(うた)の仮幻に消ゆる胡沙の秋      八束

いずれにせよ、句作りの方法としては内観造型なのかも知れない。

 数日前に鮫島いづみさんからお便りをいただいた。

それによると数年前、現代俳句協会の研修通信俳句第15期のときに、愚生が特選に選んだ、

    山深みこぶしは月のいろ灯し

の句が巻頭ページに配されているということだった。当時も美しい句だと思ったが、改めて読むと清澄な趣も十二分に感じさせられる。嬉しく思った。また、別のときに、

    二藍(ふたあい)に暮れゆく五浦雁渡し   

の句も頂いている。空と海のはざまに、それを「二藍」と言い表わした見事な風景だと思ったのだ。

またまた、小生の好みに偏してしまうかもしれないが、幾つかの句を上げさせていただきたい。

    胸に光るペンダントバード卒業す

    若きシェフのグリーンカレー春疾風

    遠雷や甘ゆるやうに意識引き

    焼夷弾目前(まさか)に爆ぜて花篝

    卒寿の賀師は冴えざえと天女なる

    みちのくや涯なくつづく春の泥

    空(くう)か色(しき)か仮幻の彩か冬ざくら

万両↓

万両

 今日の編集部は、1月号の校正戻しの日で、今は全員ホットしているところ・・・。

万両vol.2

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2012年12月 7日

明日は・・12月8日・・

明日は...12月8日...

 明日は、12月8日、昭和16年日米開戦、真珠湾奇襲の日にして、ジョン・レノン忌である。

この日本の奇襲は、外交上追い詰められた日本が先に手を出すように仕向けられたともいわれ、それを予期していた大統領・ルーズベルトはさも驚いたように「リメンバー・パール・ハーバー」というわけらしい。これには、相手に攻撃させて、初めて反撃するという、当時の戦争哲学・戦争道徳?があったという。いわば、相手を挑発しておいて、あたかも正義は我が方にありというわけだ。

この点については、日本も劣らない。

昭和7年、中国東北部に「五族協和」と「王道楽土」の理想郷を掲げて満州国を建国させたのだから。

そして、清朝の愛新覚羅(あいしんかくら)家のラストエンペラー溥儀氏が傀儡政権の皇帝に即位した。

この皇帝に子がなかったので、関東軍は弟の溥傑氏に嶬峨公爵家の長女・浩(ひろ)を結婚させ、さらに支配を強めようということだった。

しかし、日本の敗戦によって、夫溥傑は戦犯、みずからも中国各地を逃避行。まさに家族は引き裂かれ、流転の王妃となった。娘・慧生も二十歳で無理心中させられるなど悲劇は続く。夫・溥傑と再会できるのが昭和36年。かつて国家の力で、結婚させられたが、運命とも言える夫婦愛は貫かれた。その書に、「からくにと やまとのくにが むすばれて とわにさちあれ ちよにやちよに」「ふたくにの とわのむすびの かすが

いになりてはてたき わがいのちかな」と戦後の中日国交回復後に歌を詠んでいる。

尖閣問題・・・お互いが仲良くできる道をさぐることが、溥傑と浩の強い願いだったとすれば、武力ではなく、それを実現することをめざすことこそが、その志に報いることであろう。ならば政治家はおたがいに知恵を出し合ってその実現に尽力すべきである。

その愛新覚羅 浩の『流転の王妃 昭和史』には、弊社近くの高田馬場の学習院中学校が出てくる(門のみが重要文化財で残されている。下の写真)」。

学習院正門1.jpg

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2012年12月 6日

1月号予告と・・・

1月号予告

 今日でひとまず1月号の各取次ぎの仕入れ部数が決った。

 因みに1月号の特集は「美しい日本語」で柳田邦男(ノンフィクション作家)インタビューがメインだが、3.11以後の詩をいかに書くかということでは、いまや超有名になってしまった和合亮一氏。また俳人でも小作家でもある眉村卓氏、さらにマブソン青眼、八木健氏などにも執筆していただいている。

 そして、新年号らしく、カラーグラビアには金子兜太・稲畑汀子、特別作品に鷹羽狩行氏などが揃い踏み。

 そのほか「魅惑の俳人」には、夭折した田中裕明。佐高信の甘口でコンニチハ!のゲストは関口宏氏。

 読者投稿欄の選者の方々の新作競詠も掲載される。

 ところで、「第15回俳句界評論賞」は、締切が目前に迫ってきている。12月20日消印有効。

 前回は受賞作なしで、佳作2編、江連晴生「現代詩を再生するのは俳句なのか?」と水之森果林「芥川龍之介の『死』と『風狂』に就いて」だった。

 果たして今回は・・・と期待は膨らむ。

 是非、力作を寄せていただいきたい。

12.4川口聖vol.1

居酒屋「ねばや」のツリー↓

ねばやツリーvol.1

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2012年12月 5日

河口聖展、そして取次廻り・・・

12.4川口聖vol.2

河口聖展↑

昨日、仕事帰りに荻窪の「ギャラリーれがろ」で行われている河口聖展に寄った。

河口聖氏はかつて攝津幸彦の「黄金海岸」の表紙絵や、「現代俳句」(ぬ書房・南方社)の挟み込みの絵、また、最近では、大本義幸全句集、坪内稔典コレクション(沖積舎)の挿画・装丁などでも手がけている。

先日の糸大八追悼号(「円錐」)もそうだった。いつかは忘れてしまったが、河口聖氏は、たしか「や」(戸松九里)で、俳句を発表されていたような記憶がある(もちろん手遊びなのだろうが・・)。

前回、同所で行われた個展の折もクローズ間際に駆け込んで、偶然に一緒になった澤好摩氏らと、高円寺「庵AN」に誘われたが、そのときは先約があり失礼した。

今回は、その会場に偶然、鳥居真里子氏が居られて、随分以前から気にかかっていて、是非うかがわなければと思っていた「庵AN」に、渡に船とばかりに案内をしていただいた。

御蔭で、中村十朗氏や麻里伊氏にも会えて、楽しい時間を過ごした。

「AN庵」への階段↓

「AN庵」への階段

また、「庵AN」に飾られていた川口聖氏の作品、左側の縦の波模様は津波の跡で偶然にできてしまった模様だそうだ。↓

12.4川口聖vol.3

 さて、今日の編集部だが、愚生は朝から直行で2013年1月号の取次ぎへの搬入部数を交渉して回った。

年末年始号に向けてであろうか、どこも随分混んでいた。

ナンテン↓

ナンテンvol.1

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2012年12月 4日

仲寒蝉「大牧広の海と空」・・・

12月1日花と童子の会vol.3

 贈られてきた「里」8月号に、本誌に「俳句・その地平」を連載中の大牧広氏の作家論が仲寒蝉氏によって執筆されている。原稿用紙にすると20枚(400字詰)ほどの力作である。

「探花聞香(たんかもんこう)」シリーズの第4回目、リレー連載書き下ろし作家論である。

これまでも前登志夫、目迫秩父、齋藤玄と、なかなか渋い、しかし見逃せない作家のラインナップで進められてきている。

仲寒蝉氏は、大牧広主宰「港」所属だから、なかなか書きにくいところもあっただろうと思う。

誉めてよく書けば、所詮先生のことを悪く書くわけにはいかないから・・とつまらない陰口もきかれるのがオチというもので、むしろ、寒蝉氏の冷静に客観的に書こうととする筆致が労しい。

大牧広の第一句集『父寂び』から第七句集『大森海岸』を通覧して、そのキーを「海」と「空」に集約し、句の成果と今後の句境について筆を運んでいる。結論は次のように結ばれている。

  大牧広の句風は『父寂び』の頃の「暗さ」を『午後』以来の『明るさ』が凌駕しつつある。過去を志向

晩年を意識した『大森海岸』においてもその傾向は衰えないのである。

 ともあれ、大牧広論については、直接お読みになって、堪能していただければいい。少しばかり、論文に引用された句を挙げておこう。   

  まつすぐなものを見飽きて懐手      広 『父寂び』

  はづかしきほど明るくて冬の海

  春の海まつすぐ行けば見える筈     『午後』

  懐手解くべし海は真青なり

  凧上がる平らな海を信ずべし

  こんなにもさびしいと知る立泳ぎ    『某日』

  海のなき県暮れてゆく旧端午      『昭和一桁』

  海峡は昭和の景や青すだれ       『風の突堤』

  ヨットレースの海に眠りし特攻機     『冬の駅』

  虹立ちし大森海岸逝く地なり        『大森海岸』

  三月十一日以降の海を信じない

12月1日花と童子の会vol.4

 そして、医師である仲寒蝉は、『平成秀句選集』に次のようにきしている。  

  「医俳同源」、俳句と医療はいずれも命をいつくしむという点において会い通ずる。

  一所懸命に生きるということを軽んずる行為や権力は俳の精神の敵だ。医療で人の命が救えるよ

 うに俳句でこの地球が救えればいいのにと心から願う。

       気がつけば頭上に国家雪催ひ       寒蝉

さて、今日の編集部は、新年号の印刷所入稿2日目である。

ねばやツリーvol.1

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2012年12月 3日

「童子」創刊25周年記念祝賀会・・・

童子プログラム

阿部元気副主宰

 昨日、12月2日(日)、ヨコハマインターコンチネンタルホテルに於て、「童子」創刊25周年記念祝賀会が行われた。

開会の辞は、阿部元気副主宰。

いつもながら、氏の言葉を選んだ、胸に届くようなさりげない挨拶には感銘する。

桃子主宰は、自らで染められたという着物で、素敵である。

花束とお祝いの言葉

 会の最後には、主宰の娘・如月真菜氏とそのお子さん(主宰の孫)から花束とお祝いの言葉をいただいて、幸せ一杯という感じだった。

来賓の挨拶のトップは、桃子主宰が理事を務める日本伝統俳句協会・稲畑廣太郎氏。

次に国文学者で、「童子」に「季語の背景論」を書かれている宮脇真彦氏。

乾杯は中原道夫氏が音頭をとられた。

そうそう、このたび小社から『平成の好適手』を上梓された坂口昌弘氏は、童子大会での記念講演「俳句と文化」をされたらしい(愚生も聞きたかったなあ・・)。

また、祝舞や祝唄あり、全員の合唱では「ペチカ」「ふるさと」が歌われ、会場は一体感に包まれていた。

そのほか、若手俳人による「これから、目指す俳句」のミニシンポが佐藤明彦編集長による司会で、小早川忠義、松本てふこ、紺野ゆきえ、音羽紅子、小川春休各氏の意気のいい主張で盛り上がった。

また、思いがけずも故加藤郁乎婦人・通子様と加藤郁乎賞第一回受賞の手島泰六氏にお目にかかれたのは嬉しいことだった。

なお小社からは、姜社長と書籍の青木が出席した。

中締めは薗部庚申氏。

小社社長・姜琪東

小社社長・姜琪東↑

12月1日花と童子の会vol.2

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