2012年12月10日

鮫島いづみ句集『朧』・・・

句集『朧』

 句集名は、

     花はないちもんめみないなくなり朧     いづみ

の句からであろうが、次の「おぼろ」の句も捨てがたい。

    地に拠らで何にか倚らむ花おぼろ

著者「あとがき」によると、「石原八束先生より俳句の精神(スピリッツ)を、次いで文挟芙佐恵先生より俳句の雅な美しさとエスプリを、そして現在、佐怒賀正美主宰より、八束俳句の内観造型の追究と独創性を学んでいる」とある。八束雪嶺をはるかに望んでいるのである。かくも幸せな句業もない。

佐怒賀正美主宰は、「秋」の最近の巻頭句、

    死神より燦めく露の玉を賜ぶ

の評をして、「夢かうつつか。死神から美しい露の玉をいただいた。てのひらに載せても崩れない。(中略)蛇笏の名作〈死病得て爪美しき火桶かな〉の浪漫的な『爪』の美とは異なる、夢幻の戦慄的な一刹那の美。命のみならずも心も揺さぶるとは、死神も隅におけないものだ」と賛辞を惜しまない。

佐怒賀主宰はまた、著者の俳句創作のスタートは70歳、句歴17年、俳句への表現意欲は並々ならないものがある。かつ、好奇心も大変に幅が広いとも記しておられる。

句集の句群を読めばそのことはわかる。実年令よりもはるかに若い芸術年齢を思わせる。

    仮幻解く鍵を落せり天の河

の帯に配された句の「仮幻」の一語に限りなく惹きつけられた。しかし、うまく読めないので、「仮幻」は仏教用語なのかと思ったりしたが、「解く鍵」といい、小生の偏見かも知れないが、思い切って石原八束句集『仮幻』に因むものではないだろうかと思った。

    わが詩(うた)の仮幻に消ゆる胡沙の秋      八束

いずれにせよ、句作りの方法としては内観造型なのかも知れない。

 数日前に鮫島いづみさんからお便りをいただいた。

それによると数年前、現代俳句協会の研修通信俳句第15期のときに、愚生が特選に選んだ、

    山深みこぶしは月のいろ灯し

の句が巻頭ページに配されているということだった。当時も美しい句だと思ったが、改めて読むと清澄な趣も十二分に感じさせられる。嬉しく思った。また、別のときに、

    二藍(ふたあい)に暮れゆく五浦雁渡し   

の句も頂いている。空と海のはざまに、それを「二藍」と言い表わした見事な風景だと思ったのだ。

またまた、小生の好みに偏してしまうかもしれないが、幾つかの句を上げさせていただきたい。

    胸に光るペンダントバード卒業す

    若きシェフのグリーンカレー春疾風

    遠雷や甘ゆるやうに意識引き

    焼夷弾目前(まさか)に爆ぜて花篝

    卒寿の賀師は冴えざえと天女なる

    みちのくや涯なくつづく春の泥

    空(くう)か色(しき)か仮幻の彩か冬ざくら

万両↓

万両

 今日の編集部は、1月号の校正戻しの日で、今は全員ホットしているところ・・・。

万両vol.2

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