2013年1月のブログ記事

2013年1月21日

寒中お見舞い・・・

寒中お見舞いvol.1

 昨日が大寒・・・いよいよ寒さも極まってきた。

大寒というと、愚生は、どうしても飯田龍太「大寒の一戸もかくれなき故郷」の句を思い出す。

他にも龍太は多くの大寒の句を残している。

龍太の第一句集『百戸の谿』の風景がそこに在るように思える。

     大寒の洩れ灯刃をなす家ばかり      龍太

     大寒の赤子動かぬ家の中

     大寒の薔薇に異端の香気あり

     大寒の雲に真近く栖みゐたり

愚生が最初に手にした龍太の句集は『定本 百戸の谿』(昭和51〈1976〉年、牧羊社)である。初版は昭和29年、書林新甲鳥刊である。

三橋敏雄の朝日文庫解説によると、定本句集には、昭和21年以前の14句が追加されたとある。

 その後、廃刊した「俳句とエッセイ」(牧羊社)に、愚生は、初めて俳人論として飯田龍太論を執筆した。それは、確か龍太が勲章を受賞したお祝いの意味を兼ねた特集であったように思うが、ほとんど覚えていない。

ただ、当時、駈け出しの編集部員だった島田牙城(現・邑書林)が、思わず掲載をためらい、首を覚悟したという話しをあとで聞いた。

編集部への愚生起用の推薦者は、坪内稔典だった。

 右も左も分らなかった愚生が龍太俳句の拠ってきたるところを真剣にしたためたつもりだったが、思えば、常識はずれの赤面の至りである。あれから、すでに30年の歳月を閲して、いまだに愚生は青二才だから始末に負えない。

   一月の川一月の谷の中

寒中お見舞いvol.2

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2013年1月16日

「ひろそ火」創刊2周年・・・

木暮陶句郎主宰vol.1

木暮陶句郎主宰↑

 昨日、1月15日(火)、高崎公園近くの「葉山一色亭」に於て、「『ひろそ火』創刊2周年記念新年俳句大会」が行われた。新年俳句大会の句会の後、記念すべき第1回ひろそ火賞、第1回ひろそ火新人賞の表彰式、並びに懇親会が開催された。

 高崎は前日の雪も止んで、冬晴の好天気めぐまれたが、昨日の首都圏の雪ほどには、積もった雪はほんとんどなく、赤城颪の冷たい空っ風が吹いて肌を刺していた。

 「ひろそ火」主宰の木暮陶句郎氏は、昭和36年生まれの、大いに期待される若き俳人にして陶芸家でもある。また、伊香保夢二記念館に関わる夢二忌俳句大会実行委員長でもある。

「ひろそ火」の各賞の賞品には、当然ながら、陶句郎氏の手になる花瓶、茶碗などが贈られた。

「ひろそ火」vol.1

↓写真左から阿部月子(ひろそ火賞佳作第二席)、杉山加織(新人賞)、糟谷節子(ひろそ火賞)、

星野裕子(佳作第一席)各氏。

「ひろそ火」vol.2

閑話休題・・・

帰りに、高崎駅西口直のジュンク堂書店に寄った。

俳誌は仲良く各一冊ずつ棚に残っていた(↓)

俳誌は仲良く各一冊ずつvol.1

クチナシの実↓

クチナシの実vol.1

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2013年1月13日

ヘブンアーティスト・立松正宏・・・

ヘブンアーティスト

 愚生が入社間もないころ、本誌の「文字のないエッセイ」に写真を寄せていただいた立松正宏氏に、上野公園でのパフォーマンス中に偶然通りかかった。

 簡単に紹介しておくと、「体感アーティスト立松正宏♪のプロフィールドラマー歴28年。愛知県岡崎市出身の 音楽家・楽器演奏指導家・写真家・旅行記執筆家・サイクリスト。東京都の大道芸 ライセンス『ヘブンアーティスト』の保持者」ということになる。

 ご丁寧にも、彼の写真が掲載された「俳句界」も紹介していて、演奏後、ヘルメットに見料寸志を入れると、愚生を認めた彼は、わざわざ、再び本誌をかざして「この人が、この雑誌の会社の顧問の方です」と聴衆にわざわざ紹介してくれた。

 彼の移動手段は自転車で、アメリカの自転車会社のスポンサーからのもので、それで世界を旅している。また、彼の楽器、アフリカの民族楽器である木琴は手造りである。

 大道芸人である彼のホームページには、演奏日時と場所が掲載されているので、興味のある方は、是非、その場所に行って見てください。そして、 どこかで、彼に行き逢ったら、是非!立ち止まって聞いて下さい。

ロウバイ↓

ロウバイvol.1

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2013年1月11日

2月号校了・・そして・・

今日の編集部は、朝一での2月号折丁校正で校了である。

午後は山本安見子さんとの打ち合わせに世田谷文学館まで、編集長とスタッフ・松本は出かけている。

愚生は夕方、日本文藝家協会の総会に行く予定。

短歌絶叫コンサートvol.1

閑話休題・・・

昨年の本誌で角川春樹氏と対談していただいた福島泰樹氏の短歌絶叫コンサートに久し振りに、

吉祥寺曼荼羅まで出かけた。

テーマは「逆風」。

  グローブの傷は光りて艶やかな夜となりしぞ風間清よ      泰樹

風間清こと、バトルホーク風間、「アマで123勝(104KO)9敗の驚異的戦績ながらミュンヘン五輪に行けなかった男!プロ転向後も、敬遠されチャンスを掴めなかった男!食道癌療養中も酒と煙草を止めなかった男!」「元日本ライト級王者バトルホーク風間、行年54」。東京新聞連載「追憶の風景」福島泰樹とある。

  バトルホークとは戦う鷹でありしかば逆風を蹴る怯まずに翔ぶ

風間清は、福島泰樹がボクサーになれる年齢制限ぎりぎりの36歳で始めたボクシングの師匠としたボクサーだ。2004年、病床に、今は亡き立松和平と見舞っている。

あと一人は、小笠原賢二(文芸評論家)に奉げられた歌である。

  逆光の渚に坐して釣糸を垂れるは老いし小笠原賢二ではないか

小笠原賢二を最後に見舞った福島泰樹に「ぼくの故郷、増毛いいとこですよ。是非、行って下さい」と言ったという。「2004年10月4日、激しく降る雨の朝、君は旅立っていった。58歳だった」。

  (もだ)ふかく悲しみふかくやわらかき女体のごとく雪にまみれよ

最後はつい昨年亡くなった清水昶に奉げられた短歌を絶叫した。

下は曼荼羅40周年記念イベント?の一つ、2月のコンサート↓

福島2月8日.jpg

 

 曼荼羅に行く途中に寄った蕎麦屋の隣に福助の看板がかかった飲み屋があった。

     福助のお辞儀は永遠に雪がふる      鳥居真里子

福助のお辞儀

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2013年1月10日

別冊付録「平成名句大鑑」(仮題)・・・

正月アヒル

 今日の編集部は、昨日校正戻しで本日は、印刷所での出張校正の予定であったが、ずれ込んで、明日朝となった。

 2月号の山は越えたので少しホッとした気分なのだが、実は3月号は本誌通巻200号記念、で別冊付録の「平成名句大鑑」が本誌と同じA5判で、本誌より遥に厚い500ページを越え、本誌と合わせると総ページが800ページになんなんとする大冊で、今から、付け合せの校正をしないと間に合わないのです(嗚呼・・)。

 また、各結社推薦の40歳代以下の期待の新人50人も句と写真入りで紹介する予定である。

 ともあれ、その作業に入りました。

 ところで、編集長・林とスタッフ・松本は本誌の「文字のないエッセイ」でお世話になっている写真家の林義勝作品展「中村勘三郎―1975~1982-」(JCIIフォトサロン~2月3日まで)に出かけた。

「平成名句大鑑」(仮題)

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2013年1月 9日

曽根新五郎『海女』・・・

曽根新五郎『海女』

 句集名は、

    海女の母待つ子同士の遊びかな       新五郎

愛情溢れる石寒太の序文「俳句火の玉」によると、

  きょうの季語をひとつ決めて、それから一句を作る。さらに今週の季語を決めて十句作る。月の季

 語を固定して十句作る。そのほかに年間を通して花と月と夏と冬の百句を作る、その事を業として自

 分に課しているのだという。

 そして、式根島の人たちはもちろん小学校でも俳句を教えているらしい。まるで火の玉ならぬ俳句の鬼という感じである。次のような句がある。

    楸邨と寒太に蹤きて小鳥くる

 晩年の楸邨に出会い、その弟子の寒太に出会い、「炎環」同人となり、「藍生」には創刊号から所属している。

 曽根新五郎が俳句を始めたのは小学校三年生〈、地図みればノミのポチンコ式根島〉で、さらに曽根新五郎といういまどき珍しい名前は、島で世襲によるものだというから、本当は○○代目曽根新五郎というのかも知れない。

 また、『海女』は、これまでの作句数とキャリアを考えれば、相当に厳選されたであろうから、佳句が目白押しである。父母など肉親を詠んだ句もいいが、社会的な眼差しもやさしいがするどい。例えば、

    影はみな墓標八月十五日

    十二月八日修正液白し

    遠くなる昭和八月十五日

    日の中に火の影ゆらぐ原爆忌

 また、「三月十一日」の章には、

    帰り花そのひとひらは風の遺書

    泥の遺影泥の卒業証書かな

 あるいは、父のことを詠んだ句、

    長き夜骨まで眠き看取りかな

    天国へ父をあづけてあたたかし

    露けしや一番星を父として

    島中の父の弔ひ男梅雨

    母のこと父へたのみし星祭

 挙げればきりも無いほどの引用句になってしまいそうなので、以下にさらに感銘の深かった句を挙げておきたい。 

    どん底を覗きし顔や水澄めり

    百歳にほめられてゐし七五三

    竜の玉妻に生かされ妻に生き

    紅葉且つ散る遺骨なき墓標かな

    みかん二個二人のやうに置かれけり

    目薬の余りは涙朧月

    一つ消えまた一つ殖ゆ海女の傷

    墓守の無き島の墓洗ひけり    

モミジビバスズカケvol.1

モミジビバスズカケ↑

 さて、今日の編集部だが、2月号の校正を印刷所に戻して、ホットとたところ。編集長林は、林義勝写真展のオープニングにでかけた。  

モミジバスズカケと置物vol.1

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2013年1月 7日

鳥井保和句集『星天』・・・

句集『星天』

 鳥井保和は山口誓子晩年の弟子である。

 誓子が朝日俳壇の選者として、また「天狼」の東京句会指導のための新幹線の往復で富士山を詠んだのは有名だが、鳥井保和も仕事で毎週新幹線往復を繰り返していたという。

 その成果が、評論「誓子の昨句工房ー新幹線の速の座にー」であり、平成10年第四回俳句界評論賞(当時は北溟社)を受賞している。

   遠星の一等潤む誓子の忌        保和

 この遠星は、自ら仰ぎ見る星であり、より具体的に言えば、戦後俳句に綺羅星のごとく、優れた俳人を送り出した「天狼」の「遠星集」にほかならないだろう。しかも、その数々の一等星は、誓子の忌(3月26日)に潤んでいるように見えるのだ。

 天狼星(シリウス)は、おおいぬ座の首星にして、冬の南天にもっとも明るく輝く星であり、オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオンとともに冬の大三角形をかたちづくる。

 かつて富澤赤黄男は句集『天の狼』をもって俳句史上に輝いたように、戦後俳壇は「遠星集」が魅力ある俳人を次々と輩出していた。例えば、小川双々子、津田清子、橋本美代子、堀井春一郎、八田木枯、もちろん、創刊同人は西東三鬼、波止影夫、孝橋謙二、三谷昭、高屋窓秋、山口波津女、その後の根源俳句を推進した永田耕衣、また、加藤かけい、右城暮石、神田秀夫、澤木欣一、細見綾子、平畑静塔、秋元不死男、横山白虹などなど、挙げればきりがない巨星ばかりである。

 それら誓子山脈の一つに鳥井保和がいる。

 本句集に、丁寧な跋文を寄せている坂口昌弘、光に焦点をあてて解読したのも慧眼であろう。

 これ以上、屋上屋を重ねる無粋はしたくないので、愚生は、いささか誓子調を脱していると思われる佳吟、しかも、愚生の好みの句を以下に上げておきたい。

    朝酒も寝酒もしては三日かな

    底ひより泡また一つ水温む

    真清水のひかりの底に噴き上ぐる

    大粒も大粒屋久の大夕立

    遠目にも白き一筋夜の瀑布

    朝酒を笑うて三日戴けり

その他、それぞれ、「星雲」の一周年、二周年、

   星雲の荒星一つづつ光る

   どの枝も天をひた指す梅真白

また、

   川挟みゐて揚雲雀落雲雀

も捨てがたい。

 年譜を見ると、実業もさることながら、俳句関係の仕事も多いようである。俳壇的には、まだ若く、期待が大きい俳人の証左でろう。

残るザクロの実↓

ザクロの実

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2013年1月 4日

本年もよろしくお願いします・・・

1月1日風景vol.1

 1月4日(金)、朝の通勤電車は、さすがにいつもと違う。

座れた(まあ、老体ですから・・皆さんが遠慮したのかも?・・)。

中央線の車窓からは、富士山もくっきり見えた。

愚生の今年の挨拶の句は、

     日の溢れ汝と我の巳年くる      恒行

本年もよろしくお願い申し上げます。

今日の編集部は、元気に勢揃いです。

この冬の最高の寒気らしく、北風の音がビル窓を打っています。

ともあれ、皆様のご自愛、ご健康、ご健吟を祈り上げます。

1月1日風景vol.2

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