2013年1月11日

2月号校了・・そして・・

今日の編集部は、朝一での2月号折丁校正で校了である。

午後は山本安見子さんとの打ち合わせに世田谷文学館まで、編集長とスタッフ・松本は出かけている。

愚生は夕方、日本文藝家協会の総会に行く予定。

短歌絶叫コンサートvol.1

閑話休題・・・

昨年の本誌で角川春樹氏と対談していただいた福島泰樹氏の短歌絶叫コンサートに久し振りに、

吉祥寺曼荼羅まで出かけた。

テーマは「逆風」。

  グローブの傷は光りて艶やかな夜となりしぞ風間清よ      泰樹

風間清こと、バトルホーク風間、「アマで123勝(104KO)9敗の驚異的戦績ながらミュンヘン五輪に行けなかった男!プロ転向後も、敬遠されチャンスを掴めなかった男!食道癌療養中も酒と煙草を止めなかった男!」「元日本ライト級王者バトルホーク風間、行年54」。東京新聞連載「追憶の風景」福島泰樹とある。

  バトルホークとは戦う鷹でありしかば逆風を蹴る怯まずに翔ぶ

風間清は、福島泰樹がボクサーになれる年齢制限ぎりぎりの36歳で始めたボクシングの師匠としたボクサーだ。2004年、病床に、今は亡き立松和平と見舞っている。

あと一人は、小笠原賢二(文芸評論家)に奉げられた歌である。

  逆光の渚に坐して釣糸を垂れるは老いし小笠原賢二ではないか

小笠原賢二を最後に見舞った福島泰樹に「ぼくの故郷、増毛いいとこですよ。是非、行って下さい」と言ったという。「2004年10月4日、激しく降る雨の朝、君は旅立っていった。58歳だった」。

  (もだ)ふかく悲しみふかくやわらかき女体のごとく雪にまみれよ

最後はつい昨年亡くなった清水昶に奉げられた短歌を絶叫した。

下は曼荼羅40周年記念イベント?の一つ、2月のコンサート↓

福島2月8日.jpg

 

 曼荼羅に行く途中に寄った蕎麦屋の隣に福助の看板がかかった飲み屋があった。

     福助のお辞儀は永遠に雪がふる      鳥居真里子

福助のお辞儀

| コメント(0)

コメントする