2013年1月 9日

曽根新五郎『海女』・・・

曽根新五郎『海女』

 句集名は、

    海女の母待つ子同士の遊びかな       新五郎

愛情溢れる石寒太の序文「俳句火の玉」によると、

  きょうの季語をひとつ決めて、それから一句を作る。さらに今週の季語を決めて十句作る。月の季

 語を固定して十句作る。そのほかに年間を通して花と月と夏と冬の百句を作る、その事を業として自

 分に課しているのだという。

 そして、式根島の人たちはもちろん小学校でも俳句を教えているらしい。まるで火の玉ならぬ俳句の鬼という感じである。次のような句がある。

    楸邨と寒太に蹤きて小鳥くる

 晩年の楸邨に出会い、その弟子の寒太に出会い、「炎環」同人となり、「藍生」には創刊号から所属している。

 曽根新五郎が俳句を始めたのは小学校三年生〈、地図みればノミのポチンコ式根島〉で、さらに曽根新五郎といういまどき珍しい名前は、島で世襲によるものだというから、本当は○○代目曽根新五郎というのかも知れない。

 また、『海女』は、これまでの作句数とキャリアを考えれば、相当に厳選されたであろうから、佳句が目白押しである。父母など肉親を詠んだ句もいいが、社会的な眼差しもやさしいがするどい。例えば、

    影はみな墓標八月十五日

    十二月八日修正液白し

    遠くなる昭和八月十五日

    日の中に火の影ゆらぐ原爆忌

 また、「三月十一日」の章には、

    帰り花そのひとひらは風の遺書

    泥の遺影泥の卒業証書かな

 あるいは、父のことを詠んだ句、

    長き夜骨まで眠き看取りかな

    天国へ父をあづけてあたたかし

    露けしや一番星を父として

    島中の父の弔ひ男梅雨

    母のこと父へたのみし星祭

 挙げればきりも無いほどの引用句になってしまいそうなので、以下にさらに感銘の深かった句を挙げておきたい。 

    どん底を覗きし顔や水澄めり

    百歳にほめられてゐし七五三

    竜の玉妻に生かされ妻に生き

    紅葉且つ散る遺骨なき墓標かな

    みかん二個二人のやうに置かれけり

    目薬の余りは涙朧月

    一つ消えまた一つ殖ゆ海女の傷

    墓守の無き島の墓洗ひけり    

モミジビバスズカケvol.1

モミジビバスズカケ↑

 さて、今日の編集部だが、2月号の校正を印刷所に戻して、ホットとたところ。編集長林は、林義勝写真展のオープニングにでかけた。  

モミジバスズカケと置物vol.1

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私は、曽根先生の第一期生の生徒です。

先生と連絡がとれずいました。

私達は、式根島に行ったこともあり、曽根先生に俳句も教えて頂きました。

6年2組曽根新五郎学級を代表して、先生の連絡先を教えて頂きたいと思いま。

よろしくお願いいたします。

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