2013年2月12日

中西ひろ美句集『haikainokuni@』・・・

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 珍しい横文字のタイトルの句集。

句集タイトルに、もし漢字を入れれば「俳諧の国@(あっとまーく)」というところか。

こういう手法は中西ひろ美の得意とするとこらしい。

「四、雑(ぞう)」の章には―座五繋がりーという手が示されていて、

 

   獲れたての食べると甘い盆の月    広瀬ちえみ

   盆の月さよならは白樺の水で     中西ひろ美

   乗合の舟に正座を持ち込みぬ        ひろ美

   持ち込みぬのっぺらぼうめぶっきらぼうめ  増田かも

 

こうした遊びはお手のものらしい。解説・広瀬ちえみ「『かわいい』の分析」には、

  ひろ美は変なことをひたすら考える。「おなかがすいたら食べる」以外は俳句でどうやって遊ぼうかと考えている。一日、何

 も食べずに考えることもあるだろう。それから寝ころんで雲の行方などを厭きずに眺めている。

とある。実際、広瀬ちえみの解説文を読めば、この句集の魅力と中西ひろ美の志の有り様が実によくわかる。

 句集帯文にも「俳諧は読むものではなく、たぶん、するものである。ひろ美」とある。

この言挙げは〈俳諧〉を楽しむための要諦ではなかろうか。

各章題もなかなかである。皮肉かもしれない。例えば、

Ⅰ 俳句のような集

Ⅱ 俳句じゃないような集

という具合だ。Ⅰから句を少し引用しよう。

  芽吹く前に吃音がはたらく

  やむふるやむふるやむふるや陽の雫

  満ち潮やアガサンパスとは飛ぶような

  クハ鳴けばはるかにキハの冬汽笛

  字(あざ)てのひら火の粉が消えに来るところ

  笹鳴やアボガドサラダの豆腐も四角

 なかなか俳句形式の美を生かしている句群とお見受けしたが、確かにⅡでは、

  「歌のような十三首と連作1組」などと短歌形式を借りたものもある。だが、これらをふくめて〈俳諧〉ということらしい。

  ぽつりまたぽつりとひらく冬桜 国のことばが涸れないように

  秋は引く力で人を立たせおき/空の重みで崩しにかかる

 

 中西ひろ美はこれまでにすでに二冊の句集を上梓している。

第一句集『咲』と第二句集『竓』。

『竓』には、この句集の句、全てを鑑賞した一書、鈴木純一著『せんちみりみりー「竓」論ー今日の俳句』まである。

孫引きで、

        立つときの此世の匂い袋かな

        初めてのように降りやむ時雨かな

『咲』の解説・仁平勝は次のようにしたためている。

     風鈴のうちがわ荒れてゆく月日

  この「月日」はすなわち、少女と青春時代が風化していく時間だ。夏が過ぎても、忘れられたまま放置されている「風鈴」を

 見ながら、作者はその美しい外側ではなく、きっと「荒れて」いるにちがいない「うちがわ」が気になってしまう。それはもは

 や、少女の感性とは別のものだ。だとすればその「月日」の先に、また新たな中西さんの世界が広がっているのかもしれな

 い。

 この解説が書かれたのはすでに18年前のことだ。しかし、この「少女の感性に出会う」は、たぶん、いまだに失われずに、中西ひろ美の底流としてあるものにちがいない。それこそが、詩歌の根本をながれる初々しさのよって来るところだからだ。

俳壇式vol.1

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