2013年3月22日

平田房子『丘の予感』・・・

『丘の予感』

   めでたいで済まぬ長生き干鱈かむ        房子

「めでたいで済まぬ長生き」にさまざまな思いがこもっている。

もちろん、自分のことも。

そして、母や夫やを含む肉親のこと。

超高齢化を迎える社会生活のことも。

しかし、それらがかかえる困難事も、師の大牧広の心情溢れる序文に従えば、著者の前向きな気力で、解決に向かう明るい予感をもたらすこと請け合いのようだ。

口絵の「横浜市開港記念会館」は、平田茂昭という名からすれば、どこにも記されていないが夫君ではなかろうか。そうであればこれも素晴らしいことだ。

大牧広が序文で称揚した句はもちろん佳句揃いだが、ここは、小生の好みというか、もう一つのこの句集の特徴につて触れておきたい。例えば父を思う句は、次の句などが象徴的に語っていよう。

   父逝くはやはり犬死招魂祭

   八月の一通の遺書父いまも

   「右へならへ」死後としたきや終戦日

母上は、故郷小豆島で白寿でご健在のとのことだ。いまでは、俳句を通して語り合っておられる。

   上京の母年来の冬帽子

   鳥雲に母の歩幅の狭まり来

 あるいは、夫への気遣いの句もさりげなく置かれている。

   省略のできぬ夫の絵田水沸く

   長寿眉と夫をおだてる十三夜

そして、現代社会、世相へのまなざしの句・・・

    朧より鮫のごとくに自衛艦

    進化とは滅びに至る大花野

    藷粥や軍国少女でありしころ

    春闘をずる抜けしたる頃昭和

    百花には百の散りざま原爆忌

最期に小生の最も気に入った大らかな気息の句を挙げておきたい。

   日本中ふる里なりし稲の花

   冬夕焼ひとり見るには大きすぎ

   筆始「気」と大書して先づ元気

   背に余る試練もうよい衣更

最期の句は、大震災を詠んだものではなかろうか。もちろん、そうでなくてもよい。

そういう気分なのだ。ささやかであっても幸せを願わずにはいられない。

ナノハナ↓

ナノハナvol.2

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