2013年4月のブログ記事

2013年4月26日

文學の森創立10周年祝賀会へ・・・

 

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 いよいよ、来る30日(火)、文學の森創立10周年記念・月刊「俳句界」通巻200号記念祝賀会の日である。

皆さんのお越しをお待ち申し上げております。

ご多忙の中、恐縮ですが、是非お越し下さい。

時間は午後4時~新宿京王プラザホテル4F 「花の間」です。

当初はエルミネンスホールでしたが、広い「花の間」に変更になりました。

祝賀会に先立ち、午後1時から、42階「藤の間」で第3回北斗賞、第14回「俳句界」俳句評論賞、第5回文學の森賞、第12回山本健吉文学賞の各贈賞式を行います。

従いまして30日(火)は、本社、東京支社編集部すべての通常業務はお休みさせていただきます。悪しからずご了承下さい。

よろしく、お願い申し上げます。

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2013年4月24日

北野元生氏来社・・・

北野元生氏来社

 「船団」「豈」「LOTUS」同人の北野元生氏が句集の相談に見えられた。

専門は病理学でかつては鹿児島大学教授を勤められ、俳句を始められてからは仏教大学で西東三鬼を研究されていた、らしい。

お歳は75歳とおっしゃっていたが、実に研究熱心な方で、俳句のほうも自ら、「船団」坪内稔典に入会し、常に俳句の新しさを追究されている印象だ。

今回の上梓は俳句作品ばかりでなく、俳句に関する論文も収載したいとの希望だった。

果たして、どのような仕儀になるのか、楽しみである。

昨日23日、本誌5月号特集「俳句史に残る名講演」の資料を貸していただいた現代俳句協会に、その講演記録をお返しに行った。

たまたま、「現代俳句」の編集実務の日だったらしく、前田弘幹事長、田付賢一編集長など多くの方にお会いした。

ハルジオン↓

ハルジオンvol.3

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2013年4月22日

角川春樹『夕鶴忌』サイン会・・・

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 先週末、紀伊國屋書店本店で角川春樹『夕鶴忌』のサイン会が行われた。

弊社では、森澄雄追悼句集ともいうべき『白鳥忌』に続いて、先年亡くなられた春樹氏の姉・辺見じゅんに奉げられた追悼句集である。「あとがき」によると、「挽歌は『万葉集』以来の、極めて伝統的なテーマで、私の次の句集も作家・中上健次を偲ぶ『健次はまだか』が来年予定されている。句集は次の冒頭の一句から始まる。//健次はまだか晩夏がジャズになつてゐる//だが、哀しみは前面に出さない積もりだ」とある。

挽歌を詠い続けている詩歌人のいえば、まず歌人の福島泰樹が浮かぶが、さしずめ俳人では角川春樹ということになりそうだ。『破壊せよ、とアイラーは言った』の著書もある健次ならぴったりの句だ。

『夕鶴忌』開巻の口絵には辺見じゅんの現代短歌女流賞を受賞したときの写真、そして、序歌を掲げたとも思われる次の一首が掲げられている。

   遠きひと近き人など呼びてをりかぐはしきかなあちらの時間    

                             辺見じゅん歌集『天涯の紺』より

劈頭の句は、「一ノ関にて、辺見じゅんの死を報(しら)さるる」の前書がある、

   天の川より一片の落花あり         春樹

 続いて「辺見じゅんは、かつて木下順二の「夕鶴」を演ずる」の詞書を付して、

   夕鶴となりて還りし空のあり

   かつて辺見じゅんに問わる

   死にも死はあるかと問はれ雁わたし

挽歌の極めつけは

  原義、健吉、健次、照子、巳之流、澄雄、じゅん

  まなうらに亡き人ばかり天の川

思えば、角川春樹はそれぞれの忌日を命名することによって、死者も甦るということをよく知っているのだ。

 角川源義「秋燕忌」、森澄雄「白鳥忌」、辺見じゅん「夕鶴忌」・・・・

    篁(たかむら)に一水まぎる秋燕(あきつばめ)       角川源義

    除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり        森澄雄

    夕鶴忌名もなき月の澄みにけり        角川春樹

本誌5月号(4月25日発売予定)は、『夕鶴忌』刊行記念対談角川春樹VS永田和宏、是非一読あれ。

はやサクランボに・・↓

はやサクランボに

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2013年4月17日

阿部宗一郎『出羽に青山あり』・・・

『出羽に青山あり』

 実に簡素な句集である。もちろん、略歴も簡素(生年も記されていない)。

 集中の作、

     卒寿という今日思いきり蝿叩く      宗一郎

の句があるので、90歳以上の方だとは想像がつく。

簡素ついでに触れさせていただくと、麗々しい序文も跋文もなく、ただ、自序と序句のみが置かれている。

 序句、

     母われを出羽に青山ありと生む

 跋句、

     旅果てて出羽路そろそろ枯野かな

 句集名に「出羽に青山あり」とあるくらいだから、青色のにじむ句も散見される。

 また、小生は非才にして「青山」を「セイザン」と読んだまではいいが、「人間至るところに青山あり」のフレーズを誤読して、いたるところに緑なす山があるのだ、くらいに考えていたら、どうやらそうではないらしい。

 恥しながら、蘇軾の詩に端を発するところを読むと、「是処青山可埋骨」とあって、「青山」とは骨を埋めるところらしい。つまり、墓である。

 ということがわかると、この序句の「母われを出羽に青山ありと生む」の句は、実に、泪のこぼれそうな句である。

 それも、跋句においてはそろそろ「枯野かな」で止めを指すとは、生半可ではできない句である。枯野に夢をかけめぐらせらせた芭蕉のことを思えば、これもいささかの覚悟が伺える。

しかし、この句集の巻なかばに、「出羽に五尺の雪が降る」の章、「雪女」の句郡は艶かしく圧巻である。

俗名を「ゆき」といい、大正12年没享年82.その雪女に先だつこと10年、享年72の曽祖父・庄太の仮託された物語である。それは「名を聞けばゆきと名乗りし雪女郎」からはじまるベタ組みの巻尾は「その寺を継ぐ身のさだめ雪童子」の句をもって巻き終わる。

全句が心ばえの風情、かつ諧謔の表情をもつ一本である。

 最後に、くつかの句を上げさせていただいて、上木を言祝ぎたい。

     水芭蕉いのちみどりの子を抱いて

     登茂加久藻(ともかくも)禿と白髪の初湯かな

     五月蝿(うるさ)いというほど若き蝿も居ず

     音までも氷柱にしたり出羽の滝

     なぐられたなぐった兵の墓の夏

     神無月旅費なくこもる山の神

     迎えまた送り火もなき墓ばかり

     茶柱に阿吽(あうん)のふたり良夜かな

     反骨は蝦夷の血すじまむし草

  ツルニチソウ↓

ツルニチソウ

   

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2013年4月16日

鈴木鷹夫氏通夜・・・

鈴木鷹夫氏通夜vol.1

 鈴木鷹夫氏が亡くなられた。

本名、昭介。4月10日(水)午後10時58分、肺炎のため死去。享年84.喪主は妻節子氏。

15日(月)午後6時からの、千代田城北ホールにて行われた通夜に行った。

綾瀬駅の改札を出たところで、ふらんす堂・山岡氏にお会いしたので、一緒に歩いて行くことに・・、

地図もよく見ることなく、さらに葬儀会場への案内板の矢印も最後は見逃して、随分行き過ぎてから気付いたという体たらく。

お互い?相手が案内してくれるものだと思い込んでいるところがあって(もしかしたら、愚生だけかも知れないが・・)、「あの花、きれいね、ライラックかしら」などと喋りながら,軽々と道を間違えて、通り過ぎたらしい。

会場はご焼香に来た方々で溢れかえっていた。

 『現代俳句大事典』によると、鈴木鷹夫は1924年東京市浅草区(現・台東区)生まれ。1954年「鶴」に入会、石田波郷に師事。61年同人、波郷死後71年「沖」能村登四郎に師事。

 「沖」では初投句初巻頭というから、野球でいうとさしずめデビュー戦の初先発、初完投、初完封の記録ずくめということだろう。

 87年「門」創刊、主宰。小説『風騒の人 若き日の宝井其角』などで散文の名手とも言われた。

 2004年句集『千年』で第44回俳人協会賞受賞。

 ともあれ、ご冥福をお祈りする。

    帯巻くとからだ廻しぬ祭笛       鷹夫

    夜汽車にも春は曙顔洗ふ

    初夢はカチカチ山で草臥れし

本日の告別式には編集長林が参列している。

シバザクラ↓

シバザクラvol.2

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2013年4月12日

髙橋句美子句集『手袋の色』・・・

髙橋句美子句集『手袋の色』vol.1

 『手袋の色』は、「花冠」30周年記念事業の一つとして、また、句美子氏の三十歳を記念して上梓された句集である。句集名は、

      手袋の色いろいろに編んでゆく     句美子

序句は父の髙橋信之氏、「一九八三句美子誕生、主宰誌「花冠」創刊の二日後であった」の前書が付されている。

      女児誕生白萩の白咲ける日に      信之

 跋文は、母・髙橋正子氏。両親に花を飾られての幸せな旅立ちの句集と言えよう。跋にも述べられているが「平明で、軽やかである。口語を多く使ってやや散文的であることに特徴がある」ので、句意が不明な書き損じがなく、句を読めばその情景は自ずから見えてくる。この率直な句作は、4歳で句を作ったという頃から、根本的に変わっていない。変遷があるとすれば、「句歴二十五年といえば、それなりの歳月を経て、成長が見られる」(跋)ということである。 

また、誕生した娘に「句美子」という命名をなすなど、ご両親の願いが籠もった、およそ俳句を創造することなしには、道がないような定めを負った名であることか。

 それにしても驚きは、松山幼稚園時代四歳のときに口ずさんだという、

     すいとうはおもいな あせをかいちゃった

     くみちゃんがたべたすいかのくろいたね

それからは

    つくしんぼまだまだねむい草の中        小学一年(おーいお茶新俳句大賞佳作)

    ごちそうにさくらの花びらふってくる         小学三年(第23回全国学生俳句大会入選)

    スケート場整備をされて鏡の国             小学六年(第26回全国学俳句大会佳作)

    朝顔のラッパで工事がはじまった           中学一年(第27回全国学生俳句大会入選)

    想像をふくらませる春の船                中学二年(第28回全国学生俳句大会佳作)

    旅立ちの車窓斜めに花ふぶき             大学四年(第36回全国学生俳句大会入選)

  などの輝かしい俳句大会での成績が残されている。

 30歳、昔でいえば而立。今後は、さらに人生の襞を深くされて、文学という、俳句の薬味を付加されれば、さらに深く、広い味わいの句の誕生が期待できるのではないだろうか。

最後に感銘句のなかからいくつかを上げて餞としたいと思う。

    かにになったみたい背中が日焼けてる        小学五年

    夏海の貝殻ふたつ手に握り

    寒雀みなまんまるくみな啄む

    店先の春のショールに人が触れ

    野あざみの蜜に飛び来て秋の蜂   

磐井・羽村と青木の花vol.5

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2013年4月 9日

校正戻し・・・と、お客様・・・

アオキの花 ↓

アオキの花vol.2

本日は、5月号の校正戻し。

さきほど、印刷所に戻して、息をついたところ。

5月号は、別冊付録「俳句ダイアリー 夏」が付く。

愚生は、付録まで、ついに校正の目が届かなかった。

雑誌や書籍の部数決めのために、その準備も含め、少し時間を取られてしまった。

その分は他のスタッフが、愚生よりはるかに頑張ったということですね・・・もちろん、編集長も・・。

今、その編集長氏は、くたびれ果てて、ソファーでおネムです。

中山・羽村・筑紫の各氏vol.2

左より、中山・羽村・筑紫の各氏↑

さて、本日は昼頃、お客様が見えた(写真)。

先日、小社から句集『堕天使の羽』を上梓されたばかりの村美和子さん、そして筑紫磐井さん、中山美樹さん。

一緒の写真におさまっていただいた。

愚生もついでに昼にしようと、一緒に食事をした。

羽村さんは4月30日の小社10周年記念パーティーにも岸本マチ子さんとご一緒に参加して下さるとのことだった。

磐井氏は心臓を昨年手術される直前に、小社にご挨拶に来られて以来、すっかり健康を取り戻された様子で、何よりだった。

      俳諧はほとんどことばすこし虚子         磐井

      虎落笛次は16ビートで来い            美和子

     ぷっとふくれてプエルトルコの雲になりたい    美樹

ユズリハの花?芽?↓

ユズリハの花vol.3

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2013年4月 5日

5月号・取次ぎ各社と部数交渉・・・

丸善お茶の水店の「俳句界」

 丸善お茶の水店の「俳句界」↑

 昨日、今日は5月号(4月25日発売予定)の仕入れ搬入部数を決めるための交渉を各取次ぎ会社の仕入れ窓口と行った。

 前号、前々号の売れ行きについて、3月号別冊付録「平成俳句名鑑」は大冊でしかも定価が通常号のほぼ倍の1800円であったにも関わらず、実売数が落ちずにホッとした。

 読者の皆さんに感謝したい。

 午後、帰社してからは、来週搬入・発売予定の書籍、角川春樹句集『夕鶴忌』、諸岡正明写真俳句集『百花繚乱』の新刊見本と部数交渉の伝票類に追われた。

 ハプニングは何と言っても、その伝票の予備が無くなっていたことで、取次ぎ会社に買い求めに行くのに、5時までに30分を残すのみだったことだ。

 とにかく、間に合うようにとトーハンの店売窓口に、地下鉄に飛び乗って、走ってたどりついたのが閉店5分前・・・。やっと間に合って、無事伝票をゲット。

 もし、間に合わなければ、来週月曜に取次ぎ会社で、その場で記入する羽目におちいるところだった。

クワバラ・・クワバラ・・・

 これで疲れ切ってしまったが、何としても5月号の校正(子ども新聞の句のチェック)を今日中に終わらせておかないと、(次週初めは、今度は書籍の取次ぎの見本搬入が待ち構えているので)にっちもさっちもいかなくなるところ。

 ともあれ、老体には少し応えるハードさだったが、かつての新蔭流の足捌きは、いまだにかろうじて残されているようだった(でも、少し息は上がっているかも・・・)。

ハナモモ↓

ハナモモvol.2

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