2013年7月 8日

松崎鉄之介氏インタビュー

松崎鉄之介氏インタビューvol.1

 本誌9月号特集「高齢化! 結社存続の危機を考える」(仮題)のなかで、「濱」終刊の決断に至る経過を、松崎鉄之介主宰にお聞きするべく、編集長に同行取材した。

詳細については、9月号をお読みいただくとして、松崎氏自身を含む「濱」の同人の高齢化、発行事務所の経費の赤字が年間約300万円あったことなどざっくばらんにお話いただいた。

「濱」は1946(昭和21)年に大野林火により創刊され、82年8月林火没後、松崎氏が主宰を継承した。

林火が「俳句は『私』に発する、こころの記録なるがゆえに抒情」という理念をかかげ、創生期の近藤一鴻、猿橋統流子、また目迫秩父、野澤節子、宮津昭彦、中戸川朝人、木付沢麦青、山崎加賀流、大串章、太田土男、佐野美智、上野さち子、関森勝夫、など多くの俊秀が育った。

松崎鉄之介氏は、俳人協会設立と同時に、理事に就任、俳句文学館の建設に寄与し、俳人協会会長もつとめた。1918年(大正7)、横浜生まれで、94歳。

8月21日は林火忌、奇しくも8月をもって廃刊となる。

村越化石の作品が発表され続ける間は、「濱」を出し続けることができたという松崎氏の言葉にはいくばくかの安堵と責任を果たせたという満足感があった。

松崎鉄之介氏インタビューvol.2

閑話休題・・

実は私と編集長はインタビューの約束の時間までには行けたのだが、家を間違えて、さらに電話で、「いま、先生の玄関前にいます」と電話で確認したものだから、炎天下、松崎氏自宅の前で足の悪い先生を逆に待たせてしまった。

どうやら、別の家の前で待っていたらしいことに気づいて、付近を捜したら、姿を見つけた私たちに「いったい、どこにいるんだ!」と一喝、ひたすら申し訳ないと低頭・・・。

一度に汗が噴出した。

ムクゲ↓

ムクゲvol.3

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