2013年7月26日

山田圓子句集『難波津』・・・

句集『難波津』

 

 山田圓子(やまだ・えんし)、大正7年生まれ、ということは金子兜太よりも一歳上。

この方もお元気の様子である。

これまでに、つまり、戦前、昭和15年には水原秋桜子「馬酔木」に師事、その関係で山口草堂「南風」の門を敲いている。そして、「馬酔木」の「深青集」選者であった山口誓子「天狼」に参じるのだが、そこで、もともとは誓子『炎昼』の一字をもらって「炎子」と号していたのだが、平畑静塔に「炎」がよくないと言われ、「円」の旧字「圓」を選んで「圓子」となった、という。

本名は爲徳。熊本県生まれ。現在は東京府中市にお住まいだが、大阪暮らしが長かったということで句集名は『難波津』(なにわづ)。茨木和生「運河」に所属しておられる。

「天狼」健在のころは、「天狼」西東京支部長をつとめ、その関係で「天上俳句会」を主宰されている。

蛇足をいえば「天上」は「天の大上(おおかみ)」だから、やはり天狼なのだろう。

句集集録句数は1100句を超える。平成14年~平成21年までを収める第3句集。

1ページ4句立てだから、それだけで旺盛な作句力であることがわかる。

愚生のような俳句をほとんど作らない俳人とはわけが違う。

句集名ともなった難波津が詠まれた句を最初にあげる。

    難波津や今御堂筋銀杏散る      圓子

    難波津は妻子の故郷年迎ふ

    難波津を離れて永し花見かな

    難波津の春天満展望喫茶

集中では、妻を詠んだ句が切ないのだが、それは愛情のなせる業である。いくつかを上げると、

   病弱の妻を労り春惜しむ

   病む妻に目出度くもなし母の日は

   冷房に妻天国として眠る

   敬老日妻は米寿で鯛戴く

   燦々と妻は米寿の柚子湯する

   年老いし妻病む不安目借時

「あとがき」によると、その妻は今も入院中らしい。   

末筆になったが、印象深い句を上げさせていただきたい。

   その昔カカラ団子を食べ泳ぐ

   防空壕完成戦終る夏

   ピカドンは死語か長崎原爆忌

   雨水今日吾八十九誕生日

   風鶴院波郷の墓につつじ咲く

ますますのご健勝とご健吟を祈ります。

ムクゲ↓

ムクゲvol.2

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