2013年10月 1日

長嶺千晶句集『雁の雫』・・・

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 『雁の雫』集名の由来について、著者は、

  第五句集『雁の雫』は、蕪栗沼での連作を集名とした。そこは仙台の北にある雁の飛来地 

 で、秋から冬にかけて、何万羽の雁が夜毎の塒騒ぎをし、翌日は夜明けとともに飛び立ってい

 く。雁は家族愛が強い鳥という。父鳥を先頭に子供達をはさんで、母鳥がしんがりを守り列を

 作る。(中略)

   しかし、三・一一以後、雁は変わらず飛来しているとの知らせに安堵しつつも、私の蕪栗沼通

  い遠のいてしまった。両親の看取りが始まったのである。(中略)『雁の雫』は亡き父母へ

  の鎮魂ある。(中略)そんな哀しみと困難の中にあって、多くの方々が励まし支えてくださっ

  た。そのご恩に今も胸が熱くなる。

 と、記している。ここ数年の切実な思いが吐露された件りだが、現在は、同人誌「晶」という家族を得て、これからも「生身の己れを俳句に詠み続けることで、すべてを乗り越えてゆこうと思う」と宣明している。見事な心延えであろう。

 句集一巻は「初夢」「ちちはは」「花筵」「雁の雫」の四章からなっていて、たぶん編年順と思われるが、句風は変遷している。

 巻頭句は、

   初夢の家族のかごめかごめかな

 掲句と対のように置かれた次の句は、

   日脚伸ぶ嘴さし交はす籠の鳥

童歌に伝承されたそれが、「籠の鳥」の悲運を暗示していることなどは、すでに長嶺千晶は承知のことであろう。ならば、置かれた状況はいささかの憂鬱を含まないではない。

初夢が逆夢に、あるいは、「嘴さし交はす」むつまじさも籠の鳥であれば、必ずしも幸せな感じとは距離があろう。それが、詩歌を志したものの憂いであれば、それも止むを得ない、と思われる。

 3.11には、毎年、句が捧げられている。

      東日本大震災三・一・一

   芽吹けとて声にならざる祈りかな

     三・一・一より一年

   耐へきたるもの金縷梅の空ふるへ

    三・一・一より二年

   青空を死者に残して梅ひらく

 これらも、長嶺千晶の想いなのである。句風の変遷は最後の章の連作「雁の雫」にあきらかだが、

中では、愚生は次の句を挙げてみたい。

   朝靄や幽かに零れ雁のこゑ

 生意気を言うようだが、表現が、いわゆる俳句的な風景を描きだすのに無理がなくなってきているというべきか。情はそこに閉じ込められてきているが、それが、巻頭句の少し不安な気分(一見矛盾するようだが、現実的な幸福感による)を乗り越えての結果ということだろう。

 ともあれ、その他、愚生の好みでいくつかの感銘句をあげておきたい。

   水音の落ちゆく先へ蛍かな

   炎昼の鍵穴合はぬ鍵ばかり

   金魚屋の風なまぐさき真昼かな

   銀河依然と蛸壺に眠りたし

   踊りつつ奈落に沈む去年今年

   亡きひとも来よ花筵さざめかせ

   指切の指に傷あり鳥曇   

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